小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする 小澤征爾×村上春樹

読書時間4時間57分(7日間)
文章の難易度★☆☆(わかりやすい)
内容の難易度★★☆(クラシック音楽を聴く人は楽しめる)
クラシック音楽を聴いて幸せになったことがある人におすすめ度★★★

指揮者の小澤征爾氏が今年2月6日に亡くなった。
人間誰しもいつかは亡くなるのだけれど、それでも訃報を聞くのは慣れない。

私は小澤氏の指揮を観に(聴きに)行ったことがある。
2016年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演だった。
ウィーン・フィルは言わずと知れた世界最高峰のオーケストラだ。
指揮がズービン・メータ氏と小澤氏と聞いた時、ウィーン・フィルを日本人指揮者が振るのを観られるのは、私にとって最初で最後じゃないかと直感的に思い、大枚はたいてチケットを買った。
しかも正装コンサートだったので、普通の会社員の私には、本当に分不相応だった。
会場でも他の人から見たら浮いていたと思う。
でも、自分のために清水の舞台から思い切ってダイブしなくちゃいけない時というのは人生に何回かやってくるのだ、と思った。
クラシック音楽というのは、人間の想像力を広げることとウキウキする気持ち、明日を待ちわびて輝くような気持ちを波のように与えてくれるのだと、演奏を聴いたその日は高揚した気持ちが抑えられなかった。

それを思い出して、今回の本を本棚から引っ張り出して読んだ。
小澤征爾氏と作家村上春樹氏の対談。

小澤氏が2009年食道癌の切除手術を受けた後行われた対談で、発刊が2014年なので、私の感覚からすると10年は経っているものの比較的最近の話という印象。
村上氏は自分では「音楽の素人」と言うのだが、クラシック音楽を聴く習慣はあるがリアル素人の私から見ると本当にたくさん聴いていて知識もあってすごい。

対談ではごく普通にバーンスタイン、グールド、ベーム、クライバーが登場人物として出てくる。

小澤氏が世界的指揮者なのはみんなが承知しているけれど、ウィーン国立歌劇場の芸術監督 だった、ということがやっぱりすごいと私は思う。
実力があるのはもちろんで、評価、運、タイミング、全てが揃わないと就くことが出来ないポジションだろうことは私でも想像ができる。
その話が小澤氏に来た時のことも少し対談で語られている。
そしてスコアをよく勉強した、という言葉が何度か出てきて、当たり前のことだけれども、やっぱり勉強なんだよな、と思った。

クラシック音楽に何かしら感動したことがある人であれば、楽しめる内容だと思う。
特段難解なことは出てこないし、「世界的指揮者とこれまた世界的小説家の対談」という堅苦しさより、マエストロが音楽を作り上げていくことや、想い出を聞くことがメインだ。
この本を読んでいると、生き方が映ったものが音楽なのだなと改めて思う。
小澤氏の言った「音楽ってつまり時間の芸術じゃないですか」という言葉も忘れられない。

私は村上氏の小説を数冊読んだことがあるが、小説よりもこういった対談やエッセイの方が素敵だと個人的に思っている。

音楽というのは、お腹をいっぱいにしてくれることも、雨を凌ぐことも、寒さを和らげてくれることもない。
生きていく上で、最悪なくても困らない。
でも人生に音楽がなかったら、そんな淋しいことはないと思う。
毎日の生活では気が付かないけれど「なくなったら泣くほど淋しいもの」があることは、とても幸せなのだ。