殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス 五条 紀夫
| 読書時間 | 3時間1分(8日間) |
| 文章の難易度 | ★☆☆(読みやすい) |
| 内容の難易度 | ★☆☆(わかりやすい) |
| ツッコミながら小説を読みたい人におすすめ度 | ★★★ |
みごとなパロディ作品である。
この本は、太宰治のかの有名な「走れメロス」の物語をベースにしている。
暴虐な王ディオニスの下、メロスは処刑を待つ3日間に妹の結婚式を挙げるため、親友のセリヌンティウスを人質として都に残し、猶予をもらって故郷へ向かう。
ここまでは原作と相違ない。
しかし、この本の世界線では、なんとその間に殺人事件に巻き込まれる。
しかも、1件だけではない。
妹の婚礼前夜、自分と妹しか開けられない羊小屋で起こった義父密室殺人、道中に立ちふさがる山賊の死体、川での溺死体。
さらに都に戻ってからも、このパターンは続き、ついに衝撃の真実がメロスを待ち受ける。
推理することを余儀なくされ、走っている場合ではないメロスの3日間を描いた物語だ。
コメディ要素もあり、シュールなギャグ要素もあり、思わず笑ってしまうようなドタバタ劇の要素もある。
ツッコミを入れつつ、読者に楽しく読ませる。
そもそも「走れメロス」という話も、まあまあツッコミどころが多い作品ではある。
舞台は外国、登場人物も外国人、しかも時代は紀元前という設定によってか、それとも太宰治のペンの力であろうか、トンデモなことが起こっても「そういうもんかな」と力業で納得させる何かがある。
そもそも紀元前という大昔とはいえ平民がいきなり激怒して王様に楯突くことなんてないだろうし、それで処刑されそうになったとき「あ、妹の結婚式いかなきゃ」とはならんだろと思うし、いくら親友とて人質になるまえにとんずらするだろうし、まあそういうことである。
しかしながら、人間における重要な信義、信頼、友情、克己を非常にわかりやすくドラマティックに描いていることで、人々の心を打ち、読んだ後に並々ならぬ感動を与えてくれる小説である。
「走れメロス」を読んでいなくても楽しめるのだが、読んでいると、著者がいかに心を砕いているかがよりわかる。
もし一回も読んだことがなければ、読んでからこの本を手に取ることをお勧めする。
また、そんなパロディでギャグ要素が多い中でも、「紀元前のギリシアがどういう文化圏だったのか」ということが分かるような事象や史実に基づいた情報などが端々に織り込まれており、メロスが走っていたころ、そこでどのような生活が繰り広げられていたのかということが少しずつわかるのである。
ギャグ要素が多くても、そういうところはきちんとしている点が、「作品」として読めるところだと思う。
殺人事件のトリックは、頭脳的、物理的にも年々複雑さを増しており、科学捜査、時間差トリック、心理トリックなど、読者の知識もその分情報を積み重ねている。
ミステリードラマを見ていても、「これコナンで似たような事件あったな」みたいなことは、日常茶飯事になってしまうのである。
時代を昔、ましてや紀元前まで遡って殺人事件を書くというのは、できることが茶子粒くらいになってしまうのではないかと思う。
私の大好きな鑑定する沢口靖子の出番はないのである。
そんな中で、この本では「殺人事件の原点回帰」を感じるトリックが組み立てられている。
複雑なトリックに慣れている私たちでも「これはこれで面白い」と思えるのだ。
真剣にパロディに取り組み、構築した結果、新しいジャンルのエンタメが生まれるという瞬間に立ち会った気がしている。
