天才たちの日課 女性編

天才たちの日課 女性編 メイソン・カリー

読書時間2時間49分(8日間)
文章の難易度★★☆(ふつう、個性はある)
内容の難易度★★☆(ふつう)
天才の生活をのぞき見したい人におすすめ度★★★

天才はどんな生活をしているのだろう。
凡人である我々が誰でもふと思ったことがあるこの問いに答えを出している本である。

この本は前作を踏襲した「女性編」である。
前作は161人中27人しか女性がいなかったらしく、それはよろしくないという考えに著者本人が至ったらしい。

現代とは違って、特に100年以上前は、男性の栄光の影に女性が隠れていたことなどよくあった話であって、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

この本にも載っているクララ・シューマンがいい例で、彼女は結婚したことで彼女の音楽人生を失いかけたのである。
夫中心の生活に苦しんだようだが、それでも彼女はピアニストを続けた。
この本には書かれていないが、ブラームスとの不倫疑惑は有名な話で、それが純愛だったのかどうかは結局想像の域を出ない。
彼女の夫であるシューマンは、自殺未遂をしたとき病床で「お前らのことはすべてお見通しだ!」とトリックの山田奈緒子ばりのセリフを吐いたというのは有名な都市伝説である。
クララが夫のシューマンから得たものも多かったと思うが、苦しめられたこともそれ以上に多かったことは想像に難くない。
それが時代で許されていたのだから、前回の著者の本において女性の比率も少なくて致し方ないと私は思う。

さて、この本には天才女性たちの日課を中心に2から多くても5ページくらいで彼女たちの生活の一部を描いている。
幸せな結婚をして家族に囲まれて過ごしていた人、一生独身だった人、精神疾患で今なお苦しみながら生活を送っている人、様々である。
人生において、何が良くて何が悪いのかは人それぞれだが、才能ゆえに壮絶な人生を歩まなければならなくなった人が存在することを改めて教えてくれる。
しかし、この本に書かれている内容は、その人のポートレートを見るようなものだと思う。

その人を見れば、大体の雰囲気や思考や行動は想像できるけれども、そこには必ず「意外性」と人間特有の「秘め事」や「苦悩」が隠れている。
良くも悪くも、この本ではそこまではわからない。
彼女たちに、天才ゆえの苦悩や、凡人に憧れる何かがあったかどうかなど、本に書かれていない内容は、読み手の我々が想像するしかないのである。

天才が言った言葉でも、凡人に刺さる言葉というものは多く存在する。
著述家のジュルメーヌ・ド・スタールは「人は人生において退屈をとるか苦難をとるか選択しなければならない」と言った。
ちなみに彼女自身、苦難の方を選んでいる。
オペラ歌手のマリアン・アンダーソンは「けれども、あるとき不意にひらめきが訪れる。何日も無駄に苦労をしているだけに思えたことが、予想外の瞬間に価値あるものになるのだ」と言った。
作家のジーン・リースは「孤独であることは、悲しい面ばかりが強調されて、よい面が見過ごされているのではないか」と言った。

また、この本で面白いと思ったのは、天才女性たちのグルーピングである。
著者自身もそれに触れているが、年代順でも、アルファベット順とか、テーマ別ではなく、「どことなくお互いの内容が響き合うと思ったものを同じグループにまとめた」そうだ。
それぞれ、「ちょっと変」「牡蠣とシャンパン」「渦」「退屈をとるか苦難をとるか」「単なる責任放棄」・・・などのインデックスがついているのだが、それがまた魅力的である。