回復する人間 ハン・ガン
読書時間 | 2時間39分(9日間) |
文章の難易度 | ★★☆(ふつう) |
内容の難易度 | ★★☆(ふつう) |
傷ついたすべての人へおすすめ度 | ★★★ |
昨年、アジア女性としてはじめてのノーベル文学賞受賞ということで韓国の作家 ハン・ガンさんがニュースになっていた。
受賞理由は「過去のトラウマに向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにする強烈な詩的散文」(CNNニュースより)とのこと。理由だけ聞いてもよくわからないので、作品を読んでみることにした。
この本は短編集だが、一貫したテーマがある。
それは「人間の『傷と回復』の様子」だ。
そして、愛情が生まれて、すれ違って、消失していく様も描かれている。
それもある種の「傷と回復」なのかもしれない。
押し付けるような感傷はなく、流れるように物語が進んでいく。
それは、人間がどれだけ苦しんでいようと、辛かろうと、関係なく時間は流れていく様子に似ていた。
不思議なのは、物語に描かれているような経験がなくても、不思議と痛みに関して共感できる何かがあることだ。
読んでいると、チクリと胸の奥が痛くなるような感覚が生まれる。
それは、私が年齢的には大人になったからだろうか。
回復というのは、もともと痛みや傷があるからそれを実感できる。
普通に何もなく心身健康に生活できていれば、回復は感じることができない。
年齢を重ねれば重ねるほど、普通に何もない生活を送ることがすごく困難で努力がいることなのは嫌でもわかる。
この本の中に「私たちの平和は、私の健康を前提としたものだった。」という文がある。
これは心身の体調を崩し、自分の思い通りにならない自分に哀しみ、歯がゆい思いをした人には重い言葉だ。
もう一つ、この本から引用したい言葉がある。
「誰もがそのようにして少しずつ、すり減っているとは意識しないままに少しずつすり減り、車輪が滑りやすくなっていく。滑って、滑って、ある朝突然ブレーキがきかなくなる」
これが、私たち人間の愚かな性質だということを覚えておきたい。
例え、すり減っているとわかっていても、こういうことは実は頻繁に起こる。
いつかブレーキがきかなくなるのではないかという不安はあっても、ブレーキは突然きかなくなる時がくる。
そうなると、事の大きさと取り返しのつかなさを痛感することになる。
全編を通して景色や自然の情景描写が美しいが、時に苦しみを伴うように描かれている。
人間が回復していくには、自然からもらう治癒力が大きく関わっていることを、この本を読んで改めて感じる。
物語全体に知性のある苦しみを感じる文学だった。
この本全体に「哀しみ」と「取り返しのつかなさ」いうものが浮かんでいて、それは物語が終わった先でも続いていくと想像されるけれども、不思議と最後に光を感じる。
(ただ、一遍だけ最初から最後に行くにつれどんどん暗くなって、真っ暗闇で終わる物語がある)
失った何かは、都合よく戻らないけれど、また違う何かが生まれるような、それが回復なのではないかと思える。
人間は生きていれば、何かしら答えが見つかるような気がして、生きていてもいいんだよ、大丈夫なんだと言ってもらえたような気になる。
それが先述の「過去のトラウマに向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにする強烈な詩的散文」で、そもそもの人生というものなのかもしれない。