名残 米澤穂信(小説新潮2024年7月号掲載)
読書時間 | 28分(1日間) |
文章の難易度 | ★★★(難しい) |
内容の難易度 | ★★☆(ふつう) |
日本文学の今を知りたい人におすすめ度 | ★★★ |
日本人で良かった。
芥川龍之介、夏目漱石、三島由紀夫…教科書でよく見た彼らの本を読んだとき、そう思ったものだ。
この文学の輝きが翻訳でどれくらい残るのか、よく想像した。
そんな風に思う文学にしばらく出会っていなかった。
それは日本文学が衰退したせいではなく、文学も他分野と同様にグローバル化の波を受けているからと考える方が自然だと思いたい。
さて、今回Xで「小説新潮7月号の短編『名残』が面白いからみなさんぜひ読んで欲しい」というようなポストを見つけた。
内容は、毎年常連としてオーベルジュに来店していた客が、今年だけ牛乳を飲まなかった謎を解くミステリーだ。
私たちは、通常「名残」という言葉を聞くと、「ある事柄が過ぎ去ったあとに、なおその気配や影響が残っていること。」(goo辞書より)を想像するだろう。
しかし、今回のこの小説の題名はこの意味だけではないと思う。
野菜や果物の「旬」には時期によって3種類がある。
「はしりもの」
その時期に初めて収穫され、市場に出回り始めたもののこと。+日本には初物は縁起がいいという考え方があり、新しいものを先取りすることを粋とする文化がある。それは|初カツオ」や「新茶」などに象徴されている。未熟で青くさいことが多いが、それでも需要は多く値段も高くなる傾向にある。
「さかりもの」
多くの人が旬と聞いて想像するのがこれ。一番美味しい盛りのこと。も収穫量も安定し、値段の変動も少なく安くなり、栄養価も一番高い時期。
「なごりもの」
その旬の終わりかけの食材のこと。
野菜なら水分が減り硬くなってくるものもあるものの、コクや深みを感じる味わいを楽しめるものもある。なごりの柿は酸味や渋味がほぼ抜け円熟した味になるそう。
「来年もまた美味しく食べられますように」という願いを込めて名残り惜しみながら食べるという、日本人の食べ物への感謝の心をあらわす。
引用と参考WEB テンミニッツTV
「はしり」「さかり」「なごり」もの…日本の旬は3つある!
小説に「枇杷の名残」が出てくることを考えると、題名の意味はこの「なごりもの」をさすと考えられる。
そして、時にこの旬の3種の移り変わりは、人間の一生に重ねられるような気がする。
この小説もまさにそれを描いたものだろう。
読者に色々な想像をさせながら読み進めさせる、穏やかだけれどパワーがある小説だった。
人間が年を重ねるということ、それを各人どう捉えるのか、人を気遣うということ、優しさと思いやりについて、改めて考える機会をくれる小説だった。
それは全世界で一見共通した感情のように思えるのだが、私はこの小説の中に非常に日本的なものを見た気がする。
日本人でよかったな、と思う小説を久々読めたと思う。