その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか

その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか アグラヤ・ヴェテラニー

読書時間1時間20分(3日間)
文章の難易度★★☆(ふつう)
内容の難易度★★★(難しい)
衝撃的な本に出会いたい人におすすめ度★★★

久々に、なかなかすごい本に出会ったと思う。

この本は、著者の自伝的小説である。
1960年代の独裁政権下のルーマニアから家族で亡命した「わたし」は、サーカス団として各地を転々としながら生活をしている。
父はピエロ、母は髪の毛でぶら下がるアクロバット芸人、そして姉。
物語は、幼い「わたし」の断片的なモノローグで、酒浸りで暴力を振るう父、演技中の転落死を恐れる母への不安、異国での孤独、そして周囲の大人たちの歪んだ関係などが、詩的で個性的な文体で描かれている。
「わたし」は、母が演技中に墜落死するのではないかという不安に怯えており、姉が教えてくれた「おかゆの中で煮えている子ども」のメルヒェンを想像することで、現実の恐怖から逃れようとする。

詩のように淡々とリズムよく話が進んでいくのだが、全体的に潜む「不安定さ」がどこまで行っても拭えない物語だ。
生活や環境という物理的なものから、心理的なもの、放浪生活ゆえに文化的にもすべてが不安定である「わたし」と、その不安定さに翻弄される姿が描かれている。
「おかゆの中で煮えている子ども」の話は、確かにメルヒェンという形容が一番合っていて、現実の辛さや苦しみのメタファーである。
この本の内容は、どこからが現実で、どこからがメルヒェンなのかということも読む人に委ねられている気がする。

私から見ると、「わたし」を取り巻いているのは壮絶な環境と生活に見えるが、文章そのものは叫んだり絞り出したりするようなものではなく、あくまでも淡々と冷静に語られている。
しかし、その淡々とした著者の諦念のなかに、どこか鋭さも感じる文章である。
「わたし」のアイデンティティの迷いや孤独感が、著者の瑞々しい感覚と感性によって、読む者に伝わってくる。

日本に住んでいると、日本語や母国語など言語に対しての認識が軽くなるところがある気がするが、この本を読むと、言葉はアイデンティティを育てる文化であることを再認識する。

著者は2002年に自死しており、完成した文学作品はこの本だけだと聞いている。
その事実もまた、この本のインパクトをより強いものにしていると思う。

人間は、愛せない孤独というものを長い間経験してはいけない。
それを痛烈に感じる一冊だった。